外交問題
中国のこと、北朝鮮のことを書くと、抗議めいたメールが殺到する。たいていは批判的で、私の考えを否定するものが多い。この人たちは、私にいわせれば、本当の平和を知らない不幸な人たちであるかに映る。その代表的な政治家も多数いるが、私たちは現実を直視する、国益を考えねばならない宿命をもつ。
また、自身が外交を己の手で行なった体験がないため、新聞や雑誌の論評を自分の意見にされている場合が多い。私は評論家ではない。政治家である。行動せねばならない立場にある。「拉致問題」の解決を心から願っているが、それには手法がたくさんある。
「拉致問題」解決のために、ブルーリボンをつけた議員が多数いる。が、この人たちはどんな行動をとったのだろうか。ただのポーズだけではないか。私は行動する。他人まかせの、評論するだけの議員の味方にならず、行動する議員を応援していただきたいものだ。
台湾と中国の友好関係は、台湾の人々も望んでおられることを忘れている方も多いのには閉口する。なぜ、対立を好まれるのか、私は理解に苦しむ。「ガス田」の話だって同様で、解決したことが日本の不利益であるかのごとく解されている方も多い。ここでも対立を望まれているようだ。
対立するには、私たちは覚悟せねばならなくなる。「日本国憲法」を熟読するがいい。私の考えは、国益を脳裏に刻んで平和を目指すこと。外交は相手国のあること、その国にも世論があることを頭に入れて交渉すべきものだ。
国と国の交渉も、つまるところ、人間と人間の感情が左右する。個人と個人の交渉となることを知っておいていただきたい。
遠謀深慮の眼力なくして外交はできない。感情だけで、近視眼的視点で、外交などできるはずもない。評論家は、意見を口にするだけ、書くだけが仕事である。私たちは実際に行動せねばならない立場にあるため、評論家とは与しない。だいたい私は、評論家や政治学者を信用しない。とりわけ外交は、単純なものではなくて、信頼関係をきちんと構築しておく必要がある。これをしない人たちの意見は、文字通り絵に描いた餅といわねばならない。そんなに外交は単純じゃあないのだ。
私たち文科省は、「竹島」を日本の固有領土として教科書に記述することを考えている。当然のことであるかに映るが、政府としては、今のところ韓国を刺激しないほうが得策だと思っている。北朝鮮と日本が「拉致」で交渉するにあたり、韓国を日本の味方にしておかねばうまく進まないからだ。一つの問題を解決するにあたり、複雑な諸問題が影響する。正しいことを正しいと主張できない一面が、政治の中にあり、その難しさを感じる。
イラン問題に私は熱心ではあるが、この問題をいくら書こうとも反響がない。世界平和のためには、北朝鮮問題と同様の重要性を含むと思われるが、日本人にはそれほど興味がないのかもしれない。遠い国なのだろうか。
私たち日本人は、やはりアジア人なのである。朝鮮半島、台湾、中国、チベットとなると、日本人として一家言をもつ。ミャンマーとなると、少し遠い話になる。ましてやアンゴラやスーダンとなると、興味外のようだ。世界の中の日本として、存在感を示すためだけではなく、世界第2位の経済大国としての責任がある。どれだけ貢献でき得るか、政治家は本気になって取り組まねばならないと思う。
内政問題も大切であるが、現在では国際社会抜きでは内政も語れない時代に突入している。が、審議拒否する、重箱の隅を大問題として追及する野党に人気がある。これが国民の多数を占める、これも現実である。
内向きの政治、選挙対策だけしかない野党、人気取りだけで判断する国民。これでうまく日本は進むのだろうか。私は、あくまでも国益を考え、平和を目指し、日本国民の誇りをもって政治にあたりたいと決意する。批判をいただくことは有難い。木を見て森を見て行動し、ご期待に応えて参りたい。
08年07月03日
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