支援学校

 自民党の文部科学部会には、数えきれないくらい小委員会がある。だから、毎朝、毎昼、文科省を代表して出席せねばならない。大臣が出席できないため、副大臣と大臣政務官が顔を並べる。その小委員会の中に「支援学校小委員会」がある。障害児たちのための学校(かつては養護学校等と呼称されていた)問題を研究し、その対策を練る委員会である。
 自民党議員の凄さは、いずれの小委員会にも多くの人が顔を出し、活発に意見を述べられる点である。私は3年ばかり野党議員を体験したけれど、野党議員は与党議員の10分の1も勉強しないと断言できる。与党の中にいると己の専門、得意とする分野を鮮明にしないと、ポストが回ってこない一面もあろう。
 くわえて、いろんな分野に支持者がいるから、その知識を身につけておく必要にもかられるから、いろんな部会に顔を出しておくことも大切なのだ。で、熱心な議員が多いのに驚かされる。野党議員の仕事は、ま、新聞を読むくらいであろう。
 先日、「岸和田・泉南地域の障害児教育をよくする会」に出席させていただいた。嬉しいことに、副大臣が来たからか、それとも不満が山ほどあるからか、活発な意見が先生や保護者から出された。いずれも参考になるものばかりであった。障害児をもたれる皆さんの声は、文字どおり切実なもの。政治家として、強い衝撃を受けるような声も出された。
 出席してよかったと思った。知っているつもりでも、地方の学校には中央の政治力が及んでいない現実を知らされる。ショックを受ける。政治が機能していないのだから、保護者にとっては政治不信に陥っても仕方あるまい。私は、本当に申しわけなく思った。
 文科省は、「支援学校」のために、法律に定められた教育環境を整備して運営する費用を都道府県に出している。が、すべて一括して交付金として支出するため、末端の所に行く前に消えてしまうらしい。地方分権にともなって、三位一体改革にともなって、一括して支出する方法は弱者をより弱者にしてしまうことを教えられた。
 たとえば、学校図書館の図書購入費を文科省が出しているにもかかわらず、途中で異なる分野に使われてしまって、図書購入費がないという事実をよく耳にするが、財政の苦しい自治体は違う所に使ってしまうらしい。これでは、「地方分権」は国民の期待に応えることはできない。なぜ、中央官僚が「地方分権」を好ましく思わないのか、よくわかる。
 教育基本法を改正し、学校教育法も改正して、障害児に対する教育を立派なものにするように予算の面でも福祉政策の遂行上、より厚くしているにもかかわらず、地方の支援学校は恩恵に浴していないことを理解した。だが、私たちでは想像できぬくらい障害児数が増加していて、十分な予算が政府から地方に支出されていないことも事実であろう。
 なぜ、障害児が年毎に増加するのか、その原因追及の研究も不可欠であるが、政治はその子どもたちや保護者に暖かい手を差し伸べねばならないのは申すまでもない。一人の保護者はいう。「日本で生まれた不幸、北欧で生まれていたら、こんなに苦労しなくてもいいのに」と。
 この発言には、さすがの私も噛みついた。「北欧なみの高負担の税率に上げろ、ということですか」。とはいえ、行政サービスは法律で定めるギリギリのものであるとは情けない。感謝されるくらいのサービスを提供してこそ、保護者に喜ばれるにちがいない。
 私の副大臣室に白い額のピカソ風の絵がかかっている。それは知的障害をもつ小学生の描いた水彩画だ。障害児の教育を忘れてはならないと思い、この絵をかけてあるだが、支援学校の実態まできちんと把握していなかった己を恥じる。もちろん、すぐに行動したい。小委員会の勉強は、ちょっと机上論すぎる面もあるという印象をもつに至った。これも改革せねばならないと反省する。

                       
08年07月04日